2018年1月30日 活動紹介(エッセイ) リレーエッセイ(3) 書誌学の面白さ 坂本 美樹 私は普段、平安時代の和歌について研究しています。「和歌」と聞いて、皆さんがまず思い浮かべるのは『百人一首』ではないでしょうか。『百人一首』は、100人の歌人の歌を一首ずつ選んだ和歌のアンソロジーで、平安時代末に藤原定家という歌人によって編まれました。歌仙絵と和歌が書かれたカルタが大変有名ですが、カルタとして遊ばれるようになったのは、実は江戸時代以降ではないかと考えられています。それはなぜかというと、現在残っている最古の『百人一首』カルタは、江戸時代初期までしか遡ることができないからです。それでは、江戸時代以前にはどのような形で親しまれていたのでしょうか。多くの方がご存知の通り、定家の日記である『明月記』には、『百人一首』について「宇都宮蓮生から頼まれて、歌人百人の歌を色紙に書いて襖に貼った」という記述がみえます。つまり、『百人一首』は「和歌の鑑賞用」として色紙に書かれたものだったのです。現在の色紙といえば、芸能人やスポーツ選手のサインを書くものというイメージが強いかと思います。しかし、この当時の色紙には、襖や屏風、壁等に貼るための装飾品としての役割がありました。『百人一首』は、競技カルタの存在から〈遊戯〉としての役割が強いイメージがありますが、その元の形態を辿ることによって、実は部屋の装飾や鑑賞のための作品だったことが分かるのです。このように、和歌の書かれていた媒体を知ることで、当時の人々にどのように受け入れられていたのかが分かるのは面白いですよね。 現在、中古ゼミでは約10名の大学院生が在籍しており、和歌や漢詩、物語作品の内容的研究はもちろんのこと、その作品がどのような形態で残り、受け入れられてきたのかといった書誌学的研究も行っています。書誌学といわれると、知識がないと出来ないのではないかと思われる方も多いかと思います。私も学部時代まで、本の知識はまったくありませんでしたが、講義や演習のなかで先生や先輩方から丁寧に教えてもらったおかげで、書誌学の楽しさを知ることができました。また、授業のなかでは、実際に和歌や物語が書かれた書物をみる機会がたくさんあります。筆跡の乱れや本の書き込みを見ると、本を持っていた人の性格が見えてとても興味深いです。幸いなことに、関西大学の図書館には比較的古い時代の写本がたくさん収蔵されており、どのような方でも手に取って見ることができます。これは関西大学ならではの特色です。興味のある方はぜひ一度手に取って、実際に本の雰囲気を味わってみてはいかがでしょうか。 (さかもとみき・関西大学大学院博士課程後期課程・中古文学) 〔2017年1月25日掲載〕