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活動紹介(エッセイ)

リレーエッセイ(6)

語彙史研究 ―国語学の一研究分野として―

山際 彰

 私は、国語学の一研究分野である語彙史をテーマとして扱っています。とりわけ、時を表す語彙に注目して、歴史的変遷や変化の傾向を明らかにするために研究を進めています。「語彙」というと、「語彙力のある人」のような言い方を耳にすることがあるかと思いますが、「語彙」ということば自体は単に「語の集まり」を意味します。私の行っている語彙史研究は、この語の集まりの中で意味的に近いもの同士を見比べて、ある時代には使われていた語が後に使われなくなったり、ある時代には存在していなかった語が急に使われるようになったりする様子を観察し、その移り変わりの傾向や原因を探るというものです。
例えば、以下のような会話があったとします。
 A:最近ほんま暑いわあ。先月まで涼しかったのに。むかしはこんな暑なかったって。
 B:今はしゃーない。ちかぢか涼しなるらしいから。
 このうち、「最近」「ちかぢか」は元々時を表すことばではありませんでした。「最近」は「駅最近の店」のように〈ある場所に最も近いこと〉を、「ちかぢか」は「馬をちかぢかと寄せる」のように〈(距離が)近くであるさま〉をそれぞれ表していました。これらの語はやがて時を表す意味へと変化し、それが現代に残っています。また、「先月」は明治時代には同じ意味を表す「去月」という語も使われており、その二語が競合した末に「先月」が現代に残っています(一方で、現代のわれわれは一年前を表すのには「先年」を使わず、「去年」という語を使う点も興味深いところです)。これらは語自体が変化したのではなく、似た意味を持つ語同士が競合した結果、そのうちの一方のみが残るという変化だといえます。ただし、「今」や「むかし」は千年以上同じ意味で使われています。現代に至るまでに「現今」や「往昔」といった類義語が存在しましたが、結局それらは広く定着するに至りませんでした。これらは古い語がそのまま残るという実態を示しています。このように、語やその意味は一方では古い状態が残り、その一方では変化を繰り返して現在に至っているのです。
 これは語彙史研究に限ることではありませんが、国語学の魅力の一つとして“身近な気付きがテーマにつながる”ということが挙げられます。現代語を扱う場合はもちろんのこと、古典語を扱う場合もこれは同様です。上に挙げたように、現代では使わない語や意味に対する疑問がテーマの発見につながることがしばしばあります。また、高校までの国語では扱わなかったような様々なタイプの資料を扱えるのも国語学の面白い部分です。例えば、歌集や物語といった定番の古典作品のほかに、抄物と呼ばれる僧侶による注釈資料や『日葡辞書』や『和英語林集成』という西洋の辞書(当時の日本語についてローマ字を交えながら記しています)といったものがあります。その他、明治時代の雑誌や小学校用の教科書、国会の会議録やラジオドラマの台本、時にはJ-popの歌詞や漫才、Twitterで用いられることばを扱うこともあります。こうした多様な資料からことばの使用例を集め、それらを分析することは国語学ならではの魅力です。もし、少しでも興味を持った方はぜひ「国語学」のゼミにお越しください。

(やまぎわあきら・関西大学大学院博士課程後期課程修了・国語学)
〔2019年4月1日掲載〕