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活動紹介(エッセイ)

リレーエッセイ(2)

近世へのお誘い

三原 尚子

  こんにちは。国文学専修博士後期課程の三原尚子です。私は藤田真一先生のもとで近世(江戸時代)の俳諧を研究しています。
 近世に興味を持たれる方は、中古や中世、近現代に興味を持たれる方よりもおそらく少ないと思います。私自身、近世を専門にしようと思って大学進学したわけではないのですが、近世の俳諧を学んでいるうちに、近世の人々が、現在の私たちと古典世界の住民たちをつなぐような、私たちと似たところのある人々なのではないかと思い、興味を持ちました。ただ、どこが私たちと同じでどこが私たちと違うのか、彼らがどういう生活を送っていたのか、これらの疑問は作品を通じてしか読み解くことができません。また、彼らの生活の様子は意外にもまとまった文献として残されていないことが多いものです。これは、現代の私たちがそうであるように、あまりにも生活に密着した知識は、自明のこととして文章化されていないためです。そういう当たり前なのに今となってはわからないこと、例えば蕪村が弟子とどうやって連絡を取っていたのか(教科書だけ読んでいると飛脚に手紙を届けさせたように思ってしまいますが、実際は弟子などに持っていってもらうことが多かったようです)、句集を出版する時のお金はどうしていたのか(みんなでお金を出し合っていたようです。手紙などに出版の具体的な手はずが記されていることもあります)、などに興味を持つことは、彼らの時代にタイムスリップするようでわくわくすることです。
 先日、ご縁があって、関西大学国文学会の研究発表会でポスターセッションを行わせていただきました。私の行った発表は蕉門の俳諧撰集『猿蓑』に関するものでした。 『猿蓑』は芭蕉の「初しぐれ猿も小簑をほしげ也(初冬の寒さの中、初時雨に降られた猿も私同様に簑をほしがっているようだ)」の句が名前のもとになっている句集で、蕉門のみならず近世期を代表する撰集と言われています。そのため、『猿蓑』は何度もくり返し出版され、広く読まれてきました。その『猿蓑』の様々な諸本の流通を示すのが私の発表だったのですが、発表の現場で近世期の『猿蓑』の現物をお見せしたら、学部生の方にはかなりのインパクトがあったようです。中世以前の専門の方が当時の資料を手にするのは難しいかと思いますが、うれしいことに、近世の作品の中には、現物を手に取ることができるものが数多くあります。古本屋に行けば、学生の私たちが購入できる本さえ多くあります。その上、関西大学図書館は多数の近世期の和本を学生向けに提供しており、学部生であっても書庫に入庫すれば現物を手に取ることができます。私たちのゼミでは、幅広い年齢層や立場の学生たちがそのような資料を前に、当時の人々がどのように手に取った資料なのか、何のために作られた資料なのか、過去に思いを馳せながら、和気あいあいと議論しています。
 「文学研究が何の役に立つのか」という問いが盛んに発される今日この頃、様々な答えがあるでしょうが、私は様々な場面で役立つ想像力を培うためのうってつけの機会が、国文学研究の現場には多数存在すると思っています。もし他の専攻の方、学部生の方であっても、和本に実際に触れながら想像力を養っていきたい方がいらっしゃったら、ぜひ私たちのゼミにお越しください。

(みはらなおこ・関西大学大学院博士課程後期課程・近世文学)
〔2016年4月1日掲載〕